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公共財団法人JKA 研究補助 成果公表

2021年7月10日 小澤晃平

 反応流体力学研究室は、2020年度に公共財団JKAより研究補助を受け、研究を実施した。補助事業で義務付けられる成果公表として、以下に研究実施内容と成果の概要を示す。

1. 補助事業概要

補助事業番号 2020M-265

補助事業名 2020年度 2020年度3Dプリンタ製機能性固体燃料を用いたハイブリッドロケットの閉ループ推力制御高度化実証 補助事業

補助事業者名 九州工業大学 小澤晃平

2. 研究の概要

 従来のハイブリッドロケットから得られるセンサ情報に加え、3Dプリンタ製固体燃料から燃料交代情報をリアルタイム検知し、その情報を用いた閉ループ制御の実現を目指している。本事業では、この技術の概念実証に用いるセンサ構造一体型の固体燃料の燃料後退速度情報の精度推定、現行の3Dプリンタで製造する円筒形状固体燃料に適用する場合の設計、センサとの接続手法、制御計測システムの設計、実証に用いるポリ乳酸燃料の基本的な燃料後退速度取得のための燃焼実験といった、閉ループ制御実現のための一連の要素技術研究を実施した。

3. 研究の目的と背景

様々な環境・推力計画でハイブリッドロケットの理論性能を十分に発揮するため、従来の推進システムから得られるセンサ情報に加え、固体燃料から燃料後退情報をリアルタイム検知し、その情報を加えてエンジンの閉ループ制御をすることが提案されている。研究代表者は、燃料情報のリアルタイム計測に、多素材3Dプリンタでセンサ構造が一体となった固体燃料を用いることを提案している。本事業では、このハイブリッドロケットの先進的な閉ループ制御技術の概念実証を目指して以下の研究開発を実施した。

4. 研究内容

(1)3Dプリント個体燃料/実験系の設計製作

 本事業の前身である2019年度の研究では、矩形機能性固体燃料を用いた燃料後退速度計測技術が実証された。しかし、提案手法の精度評価は未着手であった。本事業では、測定手法の不確かさ要因を分類し、それぞれについて理論的評価を行った。提案手法の代表的な不確かさ要因は、提案する燃料後退測定手法の位置、後退検知時刻、液化燃料厚さ等の誤差などである。一方、対照計測として用いた光学計測手法で生ずる不確かさは、映像の解像度、と1ピクセルあたり換算長さの精度が主な要因として考えられた。これら2つの計測手法の誤差のうち、想定した誤差要素によって説明できない誤差は±0.15mm以下(試作した固体燃料の積層ピッチに換算して±1層以下に相当)となった。
 また、研究室で扱う小型エンジンの規模では、固体燃料に燃焼圧を保持させ燃料側面を外部に露出させると、センサ構造に外部の検知回路を接続しやすい。このため、3Dプリント固体燃料に樹脂コーティングによる後処理を施した固体燃料単体の燃焼圧力保持を実証した。しかし、樹脂コーティングは導電性樹脂の表面も覆ってしまい、電気的接続が困難となることも同時に明らかになった。
 続いて、2019年度までの知見をもとに、センサ部を持つ円筒形状固体燃料の試作を試みた。しかし、2019年度の設計では、3Dプリンタの造形精度が悪化するため、抵抗構造の設計改良や、3Dプリンタの細かなチューニングが必要であることがわかった。2020年度は、固体燃料抵抗回路設計をより造形しやすいよう改めた。また、固体燃料をむき出しにして信号を取り出す事業開始時の方針から、金属燃焼器を使用する設計方針へと転換し、気密性を保持しつつ、金属壁越しにセンサ信号を取り出すことのできる燃焼器とセンサポートの設計を発案した。年度末までに燃焼器設計と素材の調達を行い、学内工場に製造を依頼して、2020年度を終えた。2021年7月時点で燃焼器の製造は完了しており、今後は、設計を改良した抵抗構造付き固体燃料の製造に入る。

図1. 誤差評価を含めたセンサ構造と対象計測手法の時間履歴. 図2. 樹脂コーティングにより圧力保持機能を付加した3Dプリント燃料単体での燃焼実験.
図3. 内圧を保持しつつ固体燃料内部の励行構造に持続可能な燃焼器および改良型固体燃料設計の全体図

(2)PLA固体燃料の燃料後退特性解明

多素材3Dプリント固体燃料にはFDM方式の3Dプリンタでよく用いられるポリ乳酸(PLA)を採用している。しかし、そもそも、PLAの燃料後退速度特性はこれまで調べられてこなかった。本事業では、複数の動作条件で燃焼実験を実施し、PLAの基本的な燃料後退速度特性を取得した。前年度までの矩形燃料による燃焼実験データと本事業での実験データを組み合わせ、燃料後退速度特性の解析を行った。しかし、矩形流路を模擬する平板流れと円筒管内流れとの壁面摩擦係数の差異を考慮しても、矩形燃料の燃料後退速度特性は円筒形状燃料と比べ低い値となった。本事業で使用した円筒状固体燃料は、矩形燃料との形状の違い以外に、3Dプリントの積層方向に対する酸化剤主流の方向が異なる。従って、円筒形状燃料の燃料後退速度特性が大きく異なる原因の一つとして、固体燃料の積層方向の違いによる異方性が考えられる。矩形燃料の積層方向は酸化剤流路に垂直であり、円筒形状固体燃料では平行である。この積層方向の違いに由来する、円筒状固体燃料でのみ見られた現象として、酸化剤主流方向に平行な筋状の凹凸構造が観察された。この流路パターンは燃料後退の実効面積を増大させる効果がある。これに加えて、FDMの燃料造形で生ずる空隙の配向性も燃料後退速度特性を変化させる要因の一つとして考えられる。今後は、同一の円筒形状で積層方向を変化させ、燃料後退速度特性の違いを明らかにしたいと考えている。

図4. 円筒形状固体燃料での燃焼実験.
図5. 燃料後退速度特性.

5. 結言

 コロナ禍での事業実施となったため、研究活動は活動期間および人的リソースの面で制約を受け、計画した大規模な設備改修や実験は先送りとなったが、小刻みながらも着実に成果を挙げ、以下のような知見を得た:

・提案するラダー状抵抗構造を持つ固体燃料を用いた燃料後退速度計測手法について、 不確かさを含めた議論を行った。
・PLAの基礎的な燃料後退速度特性を明らかにした。また、燃料後退速度を司る1要素として、3Dプリントの積層方向が考えられる。

これらの知見について、トップジャーナルを含む英文査読誌に2報の査読論文を投稿した。2021年7月時点で、いずれも出版もしくは受理された。2021年度もコロナ禍が続くが、成果を着実に積み上げ、閉ループ制御の実証を行いたい。

6. 本研究にかかわる知財・発表論文等

査読付き学術論文

1. Ozawa, K., Wang, H., Inenaga, T., Tsuboi, N., “Regression Behavior of Polylactic Acid Manufactured by Fused Filament Fabrication for Hybrid Rocket Propulsion,” Science and Technology of Energetic Materials, Vol. 82 (6), pp. 170-177, 2021.

2. Ozawa, K., Wang, H., Yoshino, T., Tsuboi, N., “Time-resolved fuel regression measurement function of a hybrid rocket solid fuel integrated by multi-material additive manufacturing,” Acta Astronautica, pp. 89–100, Vol. 187, 2021.

学会発表

1. Ozawa, K., Wang, H., Inenaga, T., Tsuboi, N., “Accuracy of Real-time Fuel Regression Measurement Function of a 3D Printed Solid Fuel,” AIAA Propulsion and Energy 2020 Forum, Virtual Event, AIAA 2020-3741, 2020.

2. 小澤晃平, 王瀚緯, 坪井伸幸, 多素材3Dプリンタ製燃料後退計測機能付き固体燃料の研 究, 第29回スペース・エンジニアリング・コンファレンス, C1, オンライン開催, 2020.

3. 小澤晃平, 王瀚緯, 坪井伸幸, 多素材3Dプリンタ製燃料後退計測機能付き固体燃料の研 究, 第3回 ハイブリッドロケットシンポジウム, HR-2020-03, オンライン開催, 2020.